土壌の物理性,vol.74,pp.33(1996)

火星に生命体!?

三重大学生物資源学部

溝口勝

 平成8年8月8日。久々に胸がわくわくするニュースが飛び込んできた。火星に生命体が存在する証拠が見つかったいうのである。現実的な日本人なら「八八八」と笑い飛ばしてしまいそうな話だが、学部の3年生の頃に「火星で農業を!」という農地工学のレポートを書き、凍土研究を開始した大学院の頃に火星の地下に凍土が存在するかも知れないという論文1)を読んでいた僕にはとっては、笑い飛ばすどころか真剣に調査してみたいような話なのである。

 そもそも土壌がまるで人間の皮膚みたいにこの地球上に存在するのは、地球に生命体が存在し、岩石が風化した無機物の中にそれらの生命体(有機物)が活動しているからである。我々人間はその土壌から生まれる別形態の生命体を食べて生きている。なぜ地球だけにその条件が備わったか、考えれば考えるほど不思議だ。地球上の生命の誕生は原始海洋に濃縮されたコアセルベートと呼ばれるスープから生じたともいわれるが、温度・大気組成・圧力などの極めて物理的な条件が作用していたことは間違いなかろう。

土壌の生成を見る場合にも、土壌を現実の条件下でありのままに見る一方で、時には現実とはかけ離れた極端な条件下で調べていくことも必要になってくるであろう。日本の土壌科学者がどのようなスタンスで土壌生成を研究しているのかは僕には分からないが、少なくとも土壌を物理的に扱う土壌物理学者は地球上の土壌のみならず宇宙の土壌中に起こ(り得)る物理現象を普遍的に記述できるよう普段から勉強をしておく必要がある。先に述べた火星凍土の論文は、低温・低圧下の火星で粘土粒子表面に水が存在できるかどうかを論じたものであった。

宇宙には地球にはない現象が沢山あるだろう。凍上は火星でも起こるだろうし、蒸気移動(もしあるとすれば)は金星の土(多孔質体)でも起こるのだろう。地球上の土壌に見られる現象が宇宙でも起こるのかどうかを考えるだけでも本当にわくわくしてくる。

今回の発見報道はアメリカ大統領選を目前にして研究予算獲得の大儀名文に窮したNASAが放った大統領候補の言質を引き出すため作戦とも読めなくはない。しかしアメリカの土壌科学(SSSA)の動きを知っている者からすると、この話は突然出てきたものではないことが理解できる。というのは数年前からSSSAにはLunar Sessionという分野ができて精力的に月や火星の宇宙土壌についての研究発表を行っていた。そんな中で僕は、僕の火星農業案も突拍子でない当たり前の話になってしまうアメリカの研究の懐の深さに畏怖の念さえ覚えていたのである。構造的な研究体制の違いはあるが、せめて日本の土壌研究にも少しぐらいは夢を求めるテーマが出てきて欲しいものである。

1)D.M.Anderson, E.S.Gaffney and P.F.Low:Frost Phenomena on Mars, Science, Vol. 155, pp.319-322(1967)

(1996.8.12)