4.討論のポイント
(1)情報ネットの必要性−広報と理解−
山川氏(郵政省)が指摘するように、これからの日本経済を牽引す
る上で情報通信基盤整備は重要な国策と思われる。村づくり情報ネッ
トもそうした日本経済の一翼を担う問題と位置づけられる。国民にこ
の点をしっかりと認識してもらうことが必要であろう。
情報ネットとは何か? それにより農村はどう変わるのか?(変え
ようとしているのか?) 渡邊氏(農水省)が指摘している農業・農
村の将来像について、行政側はしっかりとした答えを用意しておく義
務がある。そのためには単なる机上の計画にならぬよう、政策の立案
者自身(もちろんそれを研究する大学関係者も)がコンピュータネッ
トワークを実際に利用し(できれば自分で構築し)慣れ親しんでおく
ことが大切である。
(2)農村光ファイバー網整備の果てにあるもの
私は、「農村光ハイウェイ構想」という考えを4年ほど前に民間の
パソコンネットの討論の場や農村計画系の先生に持ち出したことが
ある。残念ながらその時には、農村にそんなモノを敷いてどうするの
か、と相手にされなかった。しかし私は、農村整備で土を掘り返す際
に光ファイバーを敷設しておくことは日本国民にとって賢明な先行
投資である、と今でも思っている。渡邊氏(農水省)のお話から推察
すると、どうやら農水省はその方向で進もうとしているかのようであ
る。ただし、実際に農村に光ファイバー網を敷設して何をしたいの
か?その目的が明確でないようにも思われる。行政として単なる税金
のバラマキにならぬようしっかりとした青写真を作っておく必要が
あろう。
討論のキーワードとして以下のような項目を列挙しておく。
農業情報:気象・天候・水・作柄・市場などの情報入手
産直流通:生産者・消費者の直接売買
お国自慢:ホームページによる情報発信
在宅勤務:都会人を通勤地獄から解放。都会人の農村への受け入れ
在宅介護:核家族化・高齢化に対応した通信手段。テレビ電話。遠隔
医療
交流広場:公民館をネットワーク基地として整備・通信カラオケ
組織交流:子供会・青年団・婦人会・老人会。他府県の組織との姉妹
会・意見交換
(3)地方自治体の自助努力の推進
飯南町(水本氏)の試みはマルチメディア時代の先行投資として効
果的なものである。恐らく農水省の行う農村光ファイバー網整備は幹
線部分に限定され、末端整備は地方自治体に任されると思われる。技
術的にはアメリカで進められているように、ケーブルテレビの回線を
情報ネットに転用することで一気に一般家庭までの整備を進めるこ
とができるだろう。もっと言えば、まだ幹線が敷設されていない今の
うちに回線の転用を図ることによって全国に先駆けた「町ぐるみイン
トラネットの里」として町の存在をPRするチャンスのように思う。
そうして整備された情報ネットは、ケーブルテレビという自治体独自
の取り組みによって形成された人的なネットワークを軸にして新し
いタイプの村づくりに大いに役立つはずである。
今のインターネット流行の原動力が草の根的なボランティア運営
にあったことから考えると、今後中央官庁が情報基盤整備を推進する
過程で、地方自治体にどこまで自由度を認めるかが農村光ファイバー
網整備計画の成否の鍵になると思われる。
(4)農村のイメージチェンジ(意識改革)
農村では因習が不文律として大いに幅を利かせている。そうした因
習が若者(嫁)を農村から遠ざけている一つの理由でもある(日本と
いう国を世界の中にある一つの農村という捉え方をすると今農村が
抱えている問題と日本が抱えている問題が同じであることに気づ
く)。大西氏(熊野市)はそうした農村に実際に住む女性の立場から、
農村女性の意識改革を力説されている。
村づくりは人づくりから始まる。子供の教育・高齢者介護など、女
性の果たす役割は大きい。そう考えると確かに、農村女性の意識を改
革することこそが村づくりの近道であるかも知れない。農村各家庭の
女性を繋ぐメーリングリストや農村婦人会全国組織のメーリングリ
ストなど、コンピュータネットワーク技術を利用した組織作りが期待
される。アクセスポイントが遠いことによる電話料金の問題があるが、
こうした組織作りは現在の電話回線を利用して実現可能であるので、
是非とも今のうちから作って頂きたいものである。インターネットを
用いた農村内の組織づくりとしては、茨城県の百姓グループの取り組
みなどが面白い。
情報ネットワークというと、光ケーブルの敷設方法とか端末機の選
択とか、とかくハード面だけが議論されるが、実はユーザ自身が最も
大切なのである。ユーザが使ってこその情報ネットなのである。した
がって、農村の人々に誰がどのようにネットワークの使い方を教える
か、ということも重要な問題である。化学肥料や農薬の正しい使い方
を指導する農業普及員がいるように、これからは情報ネットの正しい
使い方を指導する「情報ネット普及員」が必要になってくるであろう。
農村の情報ネット整備計画の立案者はハード面のみならずこうした
ソフト面をきちんと認識しておく(ソフト面も予算計上する)ことが
重要である。
5.インフラとしての農村情報ネットワーク事業のあり方−展望と
課題
時代の流れの中で情報化社会の到来はもはや明白である。そして農
村整備において情報ネットは重要な鍵となる。これからの農村整備が
情報ネットを取り込んだ方向で進められることは、郵政省や農水省の
方々のお話からも容易に予測できよう。
さて、問題はそのやり方である。情報は「知的所有権」の代表であ
る。一般的に日本の社会ではその知的所有権に対する認識が非常に甘
い。この特色を反映して、橋や道路のような形に現れるモノ(ハード
面)に対しては予算を付けるが、形に現れないコト(ソフト面)に対
しては予算を付けないというのがこれまでのお役所のやり方だった。
実際、情報基盤整備の先鞭として文部省が行っている各大学のLAN
整備においても、配線工事とサーバ機購入までの予算はばらまかれた
が、それを実際に使えるように管理運用していく人件費は全く考慮さ
れなかった。結局、一部の若手教官たちがボランティアで末端を整備
しその整備の程度が大学の情報ネットの利用率の差として表れてい
る。
また、コンピュータを早くから導入し、先端技術を最も取り入れて
いる筈の大学という共同体ですら情報ネットワーク整備に対する
数々の抵抗や反発があった。因習的なことが多く、コンピュータなど
見たこともない人が多い農村に情報ネットを導入するとなれば余程
の覚悟が必要であろう。大学のネットワーク構築に従事してきた経験
から言えることは、情報ネットワークの構築にはハード的なネットワ
ーク(機械の物理的な接続)以上にソフト的なネットワーク(人の繋
がり)が大切だ、ということである。そして情報ネットワークを普及
し維持していくためには、仕事としてではなく遊び感覚で楽しんでく
れるユーザの育成が重要である。これは農村に新しい「文化」を創造
することであり、おそらくその文化−農村情報ネット−は女性や子供
によって広まってゆくことであろう。
農村とは、農業を目的に集まった人々によって形成された共同体
(村)である。では、いま日本の中で、農業とは何なのだろう?国際
的な農産物の価格競争の中で日本人の求める“農”とはどのようなも
のなのだろうか?情報基盤整備は暮らしの面で農村のインフラとは
なり得るが、日本の農業問題の直接的解決法にはなり得ない。農村計
画は常に日本の”農”に責任を持っているのである。
農を営む村づくりのために情報ネットワークをどのように整備し
利用するのか?地域環境”設計”者として農村計画に関わる者の力量
が問われることになろう。
(1996.5.27)