第18回農村計画研究部会現地研修会(96.8.27)分科会要旨抜粋

村づくり情報ネットの展望と課題


三重大学生物資源学部 溝口勝
http://www.bio.mie-u.ac.jp/doboku/user1/mizo/mizohome.html

1.通信技術の導入と農村の変貌

 19回線の3番。30年ほど前、僕の家に与えられた有線放送の番 号だった。その有線放送は農協からのお知らせや”電話”としての双 方向のコミュニケーション手段として、それまで回覧板と寄り合いで 情報の伝達が行われていた農村における「文明の利器」として幼心に とても感動したことを覚えている。テレビにしてもそれより数年前に は村に1台程度しかなく、力道山を見るために子供から大人まで大勢 の人がそのテレビに群がっていた。(やたら新しモノ好きな本家の爺 ちゃんがどこからかそういったモノを手に入れてきたそうだが、残念 ながらテレビを囲む人々の光景は僕の記憶にはない)
 その後農村の家々に電話やテレビが導入され、村人たちは各家庭に 戻っていった。情報は、テレビを通して”中央”から直接家庭に送信 され、電話を通して1対1にやりとりされるようになった。農村の子 供たちに対しても家の手伝いよりは勉強が強調されるようになり、教 育を身につけた若者達が村を離れていった(実は僕もそうした離村組 の一人である)。幼い頃にはあんなに楽しみにしていた「村の鎮守の お祭り」も村の青年団の解散とともにいつの間にか寂れていった。
 あれから30年。農村は変貌した。そしていま、ウィンドウズ95 のブームに乗せられて、インターネットの波が農村にも押し寄せてき ている。この新しい情報手段の進出によって農村の生活はこれまで以 上に急激に変貌するのは間違いない。
 この分科会では、この数十年間に変貌してきた農村が、最新の通信 技術−コンピュータネットワーク−を導入することによって今後ど のように変化する可能性があるのか、その通信技術を背景にしてこれ からの「農村」はどうあるべきか、そして理想の農村をつくる上での 課題は何か、という点についてインターネットの実演を交えながら討 論を進めていきたい。

2.今なぜインターネットなのか

 今話題のインターネットは、コンピュータネットワークのひとつの グループである。各コンピュータにIPアドレスと呼ばれる“住所” を割り当てることにより、世界中のコンピュータを繋いだ通信網であ る。インターネットの管理は、「お上」ではなく基本的に「ボランテ ィア」によって行われてきたことが最大の特徴であり、爆発的なブー ムの原動力であった。
 コンピュータネットワークとは、データの交換を目的にコンピュー タとコンピュータを繋いでいった形態をいう。電話網が受話器と受話 器を線で繋いで主として音声(アナログ)データをやり取りするのに 対し、コンピュータネットワークでは文字・画像・動画などあらゆる デジタルデータをやり取りすることができる。こうした文字や画像の やり取りのために今ではFAXが普及しているが、コンピュータの扱 うデータはデジタルなので、劣化せず、そのままの形で転送したり、 加工したりできる点がFAXとは異なる点である。すなわち、コンピ ュータネットワーク上のデータは、それが送信された時点で資源とな りうるのである。この技術が急速に広まってきた背景には、コンピュ ータそのものの性能アップ(小型化・高速化・低価格化)、使いやす いソフトの出現(OSの向上・DOS/V・GUI)、データ通信手段の標準 化(TCP/IP)などがある。
 インターネットについての詳細は、現在多くの解説書が出版されて いるのでそちらを参考にして頂きたい。ほとんどの本はインターネッ トの素晴らしさとそれによる次世代の社会的変化を強調している。そ うした本の中で、西垣通氏の本はインターネットの陰の部分にも焦点 を当てていて面白い。この分科会の討論を進める基礎知識として、氏 が主張する「ぜひ知っておくべき常識」を以下に引用しておく。

(1)公開情報と性善説を前提とするインターネットにはセキュリティ の問題があり、このままではビジネスの本格展開には向かない。 ただし、独自技術などすぐれた特長をもつ企業は、ホームページ をつくって世界に宣伝し、飛躍することもできる。
(2)インターネットは公開プロトコルとパケット交換方式による分散 型のネットワークである。そのため、拡張性は高いが性能のコン トロールはむずかしい。もともと文字伝送用なので、動画・映像 などであまり負荷をかけると渋滞してしまう。
(3)インターネットを前座として、やがて光ファイバーや無線を使っ た情報スーパーハイウェイ網が、ビジネス用のGII(新インタ ーネット:Global Information Infrastructure・世界情報基盤) として登場する。GIIではセキュリティと安定した性能が実現 される。従来のインターネットはこれに連結され、医療、教育、 娯楽などに用いられるようになる。
(4)GIIとともに、CALS/EC(Commerce At Light Speed・光速の商 取引/Electronic Commerce・電子商取引)が導入され、企業の形 態は閉鎖型から開放型に変わっていく。ローカル・オフィスも広 まり、自由契約社員もふえる。しかし中核社員にとって終身雇用 がなくなるわけではない。企業の生き残りには独自技術が不可欠 となり、創造的グループウェアなどの活用が望まれる。
(5)いくらマルチメディアが発達しても、テレビ・新聞などのマスメ ディアが近未来になくなるということはない。ただし、そのジャ ーナリズムとしての役割は、既存のメディアだけでなく、インタ ーネットやGIIのなかでも期待されることになる。広告や宣伝 のやり方も変わっていく。
(6)インターネットはトフラーのいう「第三の波(情報革命)」の到 来を指ししめす。来たる情報社会は、工業社会の「集権化/画一 化/製品(モノ)」にかわって、「分権化/多様化/知識」とい うキーワードであらわされる。しかし、私たちの価値観までもア メリカ文化によって支配されてしまうおそれもある。
(西垣通著:インターネットの5年後を読む,光文社カッパブックス, p.210, 1996)

 氏はさらにこの本の中で、インターネットによる旧型の共同体の崩 壊を予測する一方で、人生の意味の発見と共感をはぐくむ新たな共同 体の構築の必要性を強調している。私たちがこの部会でテーマとして いる「農村」は、まさに氏の指摘する「共同体」であり、現在のイン ターネットブームがトフラーの予言する「第三の波」の到来によるも のであるとすれば、旧型の農村は変貌せざるを得ない状況にあるとい える。

3.パネラーから提供される話題

 この分科会では村づくり情報ネットに関する討論のために、4人の パネラーの方々に話題を提供して頂く。これらは農村整備を事業とし て捉える官庁の立場から(1)情報通信基盤整備の一般論 (2)農 水省の取り組み、 実践例として地方自治体の立場から(3)ケーブ ルテレビの活用例、 そして農村で暮らす女性の立場から(4)農村 女性の意気込み、である。以下に各自から提供される話題の具体的な 内容を示す。

詳細が当日パネラーから提供されます

4.討論のポイント

(1)情報ネットの必要性−広報と理解−
 山川氏(郵政省)が指摘するように、これからの日本経済を牽引す る上で情報通信基盤整備は重要な国策と思われる。村づくり情報ネッ トもそうした日本経済の一翼を担う問題と位置づけられる。国民にこ の点をしっかりと認識してもらうことが必要であろう。
 情報ネットとは何か? それにより農村はどう変わるのか?(変え ようとしているのか?) 渡邊氏(農水省)が指摘している農業・農 村の将来像について、行政側はしっかりとした答えを用意しておく義 務がある。そのためには単なる机上の計画にならぬよう、政策の立案 者自身(もちろんそれを研究する大学関係者も)がコンピュータネッ トワークを実際に利用し(できれば自分で構築し)慣れ親しんでおく ことが大切である。

(2)農村光ファイバー網整備の果てにあるもの
 私は、「農村光ハイウェイ構想」という考えを4年ほど前に民間の パソコンネットの討論の場や農村計画系の先生に持ち出したことが ある。残念ながらその時には、農村にそんなモノを敷いてどうするの か、と相手にされなかった。しかし私は、農村整備で土を掘り返す際 に光ファイバーを敷設しておくことは日本国民にとって賢明な先行 投資である、と今でも思っている。渡邊氏(農水省)のお話から推察 すると、どうやら農水省はその方向で進もうとしているかのようであ る。ただし、実際に農村に光ファイバー網を敷設して何をしたいの か?その目的が明確でないようにも思われる。行政として単なる税金 のバラマキにならぬようしっかりとした青写真を作っておく必要が あろう。
 討論のキーワードとして以下のような項目を列挙しておく。
農業情報:気象・天候・水・作柄・市場などの情報入手
産直流通:生産者・消費者の直接売買
お国自慢:ホームページによる情報発信
在宅勤務:都会人を通勤地獄から解放。都会人の農村への受け入れ
在宅介護:核家族化・高齢化に対応した通信手段。テレビ電話。遠隔 医療
交流広場:公民館をネットワーク基地として整備・通信カラオケ
組織交流:子供会・青年団・婦人会・老人会。他府県の組織との姉妹 会・意見交換

(3)地方自治体の自助努力の推進
 飯南町(水本氏)の試みはマルチメディア時代の先行投資として効 果的なものである。恐らく農水省の行う農村光ファイバー網整備は幹 線部分に限定され、末端整備は地方自治体に任されると思われる。技 術的にはアメリカで進められているように、ケーブルテレビの回線を 情報ネットに転用することで一気に一般家庭までの整備を進めるこ とができるだろう。もっと言えば、まだ幹線が敷設されていない今の うちに回線の転用を図ることによって全国に先駆けた「町ぐるみイン トラネットの里」として町の存在をPRするチャンスのように思う。 そうして整備された情報ネットは、ケーブルテレビという自治体独自 の取り組みによって形成された人的なネットワークを軸にして新し いタイプの村づくりに大いに役立つはずである。
 今のインターネット流行の原動力が草の根的なボランティア運営 にあったことから考えると、今後中央官庁が情報基盤整備を推進する 過程で、地方自治体にどこまで自由度を認めるかが農村光ファイバー 網整備計画の成否の鍵になると思われる。

(4)農村のイメージチェンジ(意識改革)
 農村では因習が不文律として大いに幅を利かせている。そうした因 習が若者(嫁)を農村から遠ざけている一つの理由でもある(日本と いう国を世界の中にある一つの農村という捉え方をすると今農村が 抱えている問題と日本が抱えている問題が同じであることに気づ く)。大西氏(熊野市)はそうした農村に実際に住む女性の立場から、 農村女性の意識改革を力説されている。
 村づくりは人づくりから始まる。子供の教育・高齢者介護など、女 性の果たす役割は大きい。そう考えると確かに、農村女性の意識を改 革することこそが村づくりの近道であるかも知れない。農村各家庭の 女性を繋ぐメーリングリストや農村婦人会全国組織のメーリングリ ストなど、コンピュータネットワーク技術を利用した組織作りが期待 される。アクセスポイントが遠いことによる電話料金の問題があるが、 こうした組織作りは現在の電話回線を利用して実現可能であるので、 是非とも今のうちから作って頂きたいものである。インターネットを 用いた農村内の組織づくりとしては、茨城県の百姓グループの取り組 みなどが面白い。
 情報ネットワークというと、光ケーブルの敷設方法とか端末機の選 択とか、とかくハード面だけが議論されるが、実はユーザ自身が最も 大切なのである。ユーザが使ってこその情報ネットなのである。した がって、農村の人々に誰がどのようにネットワークの使い方を教える か、ということも重要な問題である。化学肥料や農薬の正しい使い方 を指導する農業普及員がいるように、これからは情報ネットの正しい 使い方を指導する「情報ネット普及員」が必要になってくるであろう。 農村の情報ネット整備計画の立案者はハード面のみならずこうした ソフト面をきちんと認識しておく(ソフト面も予算計上する)ことが 重要である。

5.インフラとしての農村情報ネットワーク事業のあり方−展望と 課題

 時代の流れの中で情報化社会の到来はもはや明白である。そして農 村整備において情報ネットは重要な鍵となる。これからの農村整備が 情報ネットを取り込んだ方向で進められることは、郵政省や農水省の 方々のお話からも容易に予測できよう。
 さて、問題はそのやり方である。情報は「知的所有権」の代表であ る。一般的に日本の社会ではその知的所有権に対する認識が非常に甘 い。この特色を反映して、橋や道路のような形に現れるモノ(ハード 面)に対しては予算を付けるが、形に現れないコト(ソフト面)に対 しては予算を付けないというのがこれまでのお役所のやり方だった。 実際、情報基盤整備の先鞭として文部省が行っている各大学のLAN 整備においても、配線工事とサーバ機購入までの予算はばらまかれた が、それを実際に使えるように管理運用していく人件費は全く考慮さ れなかった。結局、一部の若手教官たちがボランティアで末端を整備 しその整備の程度が大学の情報ネットの利用率の差として表れてい る。
 また、コンピュータを早くから導入し、先端技術を最も取り入れて いる筈の大学という共同体ですら情報ネットワーク整備に対する 数々の抵抗や反発があった。因習的なことが多く、コンピュータなど 見たこともない人が多い農村に情報ネットを導入するとなれば余程 の覚悟が必要であろう。大学のネットワーク構築に従事してきた経験 から言えることは、情報ネットワークの構築にはハード的なネットワ ーク(機械の物理的な接続)以上にソフト的なネットワーク(人の繋 がり)が大切だ、ということである。そして情報ネットワークを普及 し維持していくためには、仕事としてではなく遊び感覚で楽しんでく れるユーザの育成が重要である。これは農村に新しい「文化」を創造 することであり、おそらくその文化−農村情報ネット−は女性や子供 によって広まってゆくことであろう。
 農村とは、農業を目的に集まった人々によって形成された共同体 (村)である。では、いま日本の中で、農業とは何なのだろう?国際 的な農産物の価格競争の中で日本人の求める“農”とはどのようなも のなのだろうか?情報基盤整備は暮らしの面で農村のインフラとは なり得るが、日本の農業問題の直接的解決法にはなり得ない。農村計 画は常に日本の”農”に責任を持っているのである。
 農を営む村づくりのために情報ネットワークをどのように整備し 利用するのか?地域環境”設計”者として農村計画に関わる者の力量 が問われることになろう。
(1996.5.27)